夏のなごりが残る花壇にて
今日は、雨後の花壇の雑草取りでした。
草いきれの中で、黙々と雑草を抜いていく。
踏まれても踏まれても蘇る雑草の力に驚きを禁じ得ない。
「雑草のように生きる」・・・けだし名言である。
こんなに、健気に育つものを簡単に、雑草と花に別けていく。
なんと、人間は身勝手な存在なんだろうと思ったりする。
さりとて、そのままにして置いたならどうなるのだろう。
あっという間に、花壇なのか?草むらなのかの区別すらつかなくなる。
何が正しくて、何が正しくないのか・・・。
そんな事を考えながら今日も花壇にいる。
きっと、世界中の至ると所で人間の都合の良いように自然を壊しながら
居心地のいい生活というものを営々と作り続けてきたのだろう。
環境保護だの、環境保全だの、自然との共生、なんて言葉のなんと虚ろなことか、
何とむなしいことか。
結局は、人間の住みやすい自然環境を作るということ。
考えてみると、人間の存在自身がこの「瑠璃色の星」を破壊する唯一の存在である
ことに気付く。
甘っちょろい男の、現実を見ない言葉と、叱責されるのは承知のこと。
答えなど無いことを知って居ながら、こんな取り止めの無いことを書いている。
ただ本来、ブログはこんな事を、心の内を、書くものだろうと思う。
誰一人、この業から抜け出せない。
なぜなら、お膳に上がった食事を見ても、すべて生き物の命をいただいて作られている。
ありがたく頂く事だけが、このちっぽけな命を支えてくれている。
あ~どうしたものか。
・・・・
まだ、夏のなごりが残る花壇にて。
なゆた
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